■被災地研修を受けて
■平成24年12月発行217号掲載
瓦礫は既に撤去され、草花がただ繁茂する家の跡地がこの眼に映った時、私は押し寄せてくる虚無感に抗うことはできませんでした。正直、文字通り言葉を失いました。ここには、確かに3・11以前に何気のない生活が営まれていたのです。建物こそ取り壊されているものの、草花に隠れた玄関のその跡を見た時、私は生活の、そして命の匂いを感じました。どれほどの人が人生の途上にあって、不条理な運命のために亡くなられていったか……。そして何よりも、普段我々が無意識の内に生きている毎日を、犠牲になられた1万5千人以上の命はどれほど生きたがっていたか……。命が消えっていったまさにその場所に立って、そんな想いが只管に溢れていきました。
3・11は紛れもなく今も続いています。そして我々には、あの日々を繋げていくという重大な責務があります。今も玄関を一歩出ればあの日に出くわすとは、今回お話を聞かせていただいた鈴木さんも仰っていました。被災跡に生い茂った草木、それに今は穏やかなあの海さえも有無を言わせず哀しみを注ぎ込むことがあるのです。
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山下達郎さんの唄に『希望という名の光』という作品があります。元々は映画『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』(ショウゲート)の主題歌として世に知られた一曲でしたが、震災後は多くの人々にとっての癒しの唄という命が吹き込まれた一曲です。
私は関東は栃木の出身でして、3・11当時も受験報告に行った高校で直に震度5強の揺れを体験しました。普段当たり前に使えていたものは当たり前でなくなり、また時が過ぎるにあたり命の尊さやこれからの生き様といった大きな課題を再検討することにもなりました。勿論、東北や茨城また長野で被災された方々の心境を考えれば、私の経験はそれは比べるに値しない位に陳腐なものかもしれません。しかし、確実に我々日本人は誰しも皆、心に深い傷を負いました。私事を羅列するのも惨めでありますが、本学への入学が震災前に決まっていたとはいえ、そこには一人長崎に逃げていく様な感覚が伴う罪悪感がありました。そして毎日、相も変わらず現実と理想が乖離していくのを止められないでいることに対し、ただ悶えるので精一杯な日々も味わいました。
そんな時、いつも寄り添ってくれたのが『希望という名の光』の一節〝運命に負けないで―〟です。このフレーズは一つの救いでもあり、何かしらの一つの答えでもありました。どんな運命と出逢っても、そこから目を背けることなく受容れ、そして必ずや人生の糧にしていく……そんなことを孕んだ素敵な力ある言葉だと、私は受止めています。
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11月16日、衆議院が解散され、12月16日に投開票が行われます。選挙権をもった我々学生も、一人の当事者であり、明日を放棄してはならないのです。政治や社会、メディアの偏向にだけ責任を押し付け、ただ嘆くだけの姿勢からは卒業しなければなりません。〝青春の特権は無知である〟とは三島由紀夫ですが、青春の終焉ひいては社会人へのモラトリアムに生きている今、我々は貪欲に情報を受け容れそれを精査し、世の中の流れに屈服することなく、自らの確固たる意思を形成していかなければならないのです。あなたの進むべき道は、あなたが決める道です。決して誰かに精神を歪曲されてつくりあげてしまってはなりません。改めて今回の選挙を通して、今一度自分の考えと向き合っていただきたいのです。
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今回の選挙では被災地がなおざりとも報道がありました。直に被災地に触れてみれば、ここを放っておくことは到底できないはずです。それは被災地研修で培ったことが紛れもなく〝生きることへの肯定〟であったことからも言えます。それは生きる力と言いますか、生きていかねばならないという使命感の様な、決して自惚れではなくて、ただ後ろを向いているだけじゃいけないんだという、一つの支えだと個人的に感じます。
勿論この新聞が潤いだとか輝きだとか、そんな大層なものをもって皆様に寄与できるとは思っていません。特段、私なんかは出しゃばった主観をもってしか文章を書けない人間でありまして、皆様にとっては気分を害する様な記事だと察します。しかし、少なくとも我々は、今回のインタビューを通じて感じたことを、そのままに伝わる様に努めているつもりであります。そして、常に震災のために自分は何ができるかを、一つ人生の張りとして皆様の心に与えることが出来ればと考えている次第であります。
自分は器用でありませんし、何か誰かに寄り添える程の自分の言葉を編み出す力もありません。ただ、一つ私が訴えたいのは、自分の命は可能性そのものだという自分なりの答えです。少なくとも私はそう想ってこれからを生きていきたいと考えております。どう心や人生の伸びしろを活かしていくか、どのベクトルをもってして尺を伸ばしていくか。人生を素敵なものにしようと想うべく、そして導くべくは自分そのものです。
最後になりますが改めまして、いわき復興支援・観光案内所の大和田邦洋様、民宿鈴亀の鈴木幸長様、久ノ浜商工会議所主査の根本信一様はじめ今回研修にご協力いただきました全ての皆様に、この場を借りて厚く御礼申し上げます。また、今回はおおよそ論説とは言い難いものとなってしまい申し訳ありません。
長崎県立大学新聞会会長
新井 輝