『カフェと日本人』(高井尚之 講談社)を読んでいる。
カフェの発祥地であるヨーロッパと違い、日本では独自のカフェ/喫茶店文化が根付いているという。時代の趨勢に見合った創意工夫が、年月を経て蓄積、カフェに幅の広い種類を与えている。
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2015年4月14日に目出度く20周年を迎えられた「cafe bar ALGERNON(カフェ バー アルジャーノン)」さん。僭越ながらも、僕の佐世保の隠れ家。文字に起こすと薄っぺらい表現になってしまうが、本当に大好きな空間だ。
カフェと言うと、空間の提供もサービスの一つだが、ここのお店を超える空間は、そうは見つからないだろう。誰もが家の隣に欲しくなる、ちょうど店内の色合いと香りのように自分自身が沈潜のできる場所だ。溶け込みやすく、馴染みやすいからこそ、滞在時間もつい長くなる。
カフェラテとガトーショコラ、それに夕日を添えて。音楽も、山下達郎さんの言葉を借りれば「最高の選曲、最高の音質」である。「読書するお客さんもいるので、なるべく(日本語が邪魔しない)洋楽をかけています」との店主さんの気遣いも、心地良さを増幅させる。おこがましいことに今回は、特別に大瀧詠一さんのLPまでかけていただいた。
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そういえば、ALGERNONさんで、置いてある白洲正子さんの『随筆集 夕顔』(新潮社)を読んだのを思い出した。そこには、雑誌社から秘境を教えてくれとの申し出に、〝大切なところだから発表するわけには行かない〟という正子さん。〝どんな小さなものでも、自分で発見することの悦びにまさるものはない〟との文句に若干の葛藤を味わいながらも、抑制を我慢できないほど、皆さんに紹介したい場所なのだと言い聞かす。
松本最高顧問に紹介いただいたこのお店も、今では僕が紹介する側。一年生役員も「長老会」の皆さんとも時間を共有した、思い出が染み込んだ、そんな大切な場所だ。
CAFE & GALLERY
CLAIR
住 所 長崎県佐世保市谷郷町1-24
電話番号 0956-24-0633
営業時間 10:00-20:00
定 休 日 不定休
国際通りに面して、木々の間から、ちょうどカラフルに彩られた看板が映える。カフェ&ギャラリー「CLAIR」さん。今年の春にオープンしたばかりだ。
佇むアンティーク一つ一つがギャラリーで、思わずお洒落な空間に溶け込みたくなる。類を問わず濃厚な趣が漂い、心を「非日常」へと落着させる。コーヒーや紅茶は勿論、抹茶まで備わっていて、メニューもカラフルとなっている。
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オーナーさんのご主人は、佐世保が生んだ現代美術作家の丸田斎(さい)さん。ミヅマアートギャラリー・ディレクターである三潴(みづま)末雄(すえお)氏の「ミヅマアクション」(東京・中目黒)にて、5年前に10メートルの大作を個展「平和と波動」で発表、美術作家としてデビューを果たした。「海外と違い、日本では現代美術が開拓されにくい嫌いがある」とはオーナーさん。「芸術を皆で育てていく土壌ができあがっていない。その点、極端な話ですが、海外ではすぐに押し上げられる風潮ができています。でも、だからこそ、理解が深まっているとはいえない日本で、丁寧な展開を繰り広げています」。
ただ、残念ながら、日本では新しい芸術を拒絶してしまう保守的な画壇が跋扈(ばっこ)しているのも事実だ。そうした中で、暮らしや日常に根付かせた形で、文化・芸術を波及させる活動をしているのが、ここ「CLAIR」さんだ。
オーナーさんが言う。「海外では、カフェに行く感覚で美術館を訪れます。ウィンドウ・ショッピングと同じで、心の豊かさを養える、そんな芸術への窓口としたいんです」。事実、丸田さんご自身も、ミュージシャンのライヴと同じ感覚で、作品の作成過程を公開されている。「ナマモノ」として見せる芸術と、「日常」に馴染ませる芸術と。ご夫婦が揃って、現今ある美術への「敷居が高い」という印象を軽減させ、歩み寄りやすい新しい土壌を開拓している。カフェにしては破格の値段であるのは、こうしたところに起因しているのかもしれない。
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勿論、芸術の伝達は、抑圧的でも独善的でもいけない。「芸術の習慣化」が次第に浸透するよう、丁寧にカフェとギャラリーとを溶け合わせているお店だ。0・1ミリメートルの点の集いによる丸田さんの作品は、壮大さと親近感とがある。「CLAIR」に訪れる一人一人という「点」が芸術へ近接することで、全体の文化レベルの底上げを色彩豊かに手伝う。その様は、今は「未完」にしかない一つの作品を、手間暇かけながら「完成」に近づけていく様によく似ている。
rooms+ cafe
住 所 長崎県佐世保市光月町2-7
電話番号 0956-22-5170
営業時間 11:00-18:30
定 休 日 水曜/第1・第3木曜
中佐世保駅から下る道を左に曲がると、そこに素敵な味わいを漂わせる雑貨屋さんはある。店名の通り、〝お部屋にカフェのやすらぎを――〟をコンセプトに掲げている「rооms+cafe(ルームス プラス カフェ)」さん。
置いてある雑貨の種類は、幅の限りを知らない。アンティークと言うと、高価で近寄りがたいイメージが染み込みがちだが、ここでは国や年代・有名無名を問わず、お手頃な価格で手に入れることができる。「ドラマや映画、雑誌などで気になったアンティークも、ご予算に合わせてお探しします」とは、温もりいっぱいの店主さん。店内にあるもののみではなく、希望のイメージに沿って、「お気に入り」を探してくれるのも、このお店の魅力だ。
雑貨とカフェの雰囲気とを、自分の空間に詰め込んで。その実、僕の部屋の空間の結構な部分は、このお店との出逢いによって作られている。それぞれの性格をまとったカップ&ソーサーが、人生の質を豊かに彩ってみせる。このお店には、生活の質を下げないものは並んでいませんから。
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初めてお店を訪れて、間もなく2年。7月に3歳を迎える「看板娘」ならぬ「看板息子」君の微笑ましい成長に出会せるのも、ここの醍醐味。今日も、新商品が入荷しているかのブログのチェックが日常となりつつある。そんな通わせたくなる空間を、自分の部屋へと繋げよう。
(平成27年4月)
珈琲貿易
住 所 長崎県佐世保市勝富町5-21
電話番号 0956-23-5141
営業時間 12:00-20:30
定 休 日 火曜
「コーヒー(珈琲)」という言葉は、アラビア語の「カフワ」が転訛して成立した言葉だという。その「カフワ」は、元々はワインを指す言葉で、「欲を削ぐもの」という意味を持つ。ちょうど、勝富町の「珈琲貿易」さんに来ると、ピタリと欲が静まるから不思議だ。
1981(昭和56)年のオープン時から、ほとんど変わっていないという店内は、芸術肌のご主人の趣向に任せたものだ。「自分自身にとって居心地の良い空間を目指した結果です。まずは、自分が空間に満足できないと、お客さんには満足してもらえないですから」(ご主人)。
雑貨やヴィンテージものが佇む店内は、どこを撮影しても、見事に画になる空間だ。お店の中央にある大きな時計は、ご主人が高校2年生のとき、工業高校から譲り受けたというもの。雑貨たちはそれぞれの時代を帯びながらも、カフェとなって、今を生きる訪れる人に寄り添う。
35年に渡り、変わらずにいてくれるのは、メニューも同様だ。ご主人特製のユニークなメニュー表は、注文したいものばかりが並ぶので、必ず次も来ようとする機会が提供されてしまう。「貿易ブレンド」やコクのある「カレーセット」、奥さんが担当の「チョコレートケーキ」は特に絶品だ。
「隠れ家」としてのコンセプトを大事にするお店にもかかわらず、年配の方から若者まで訪れるのは、それだけ地域に根付いている証だ。35年も地域を担っている間に、常連客も子や孫の代へと連鎖が続いている。
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特定の時代やスタイルに偏重しないからこそ、あらゆる時代を誘える心地良さに包まれる。この心地良さの満足の裏返しこそ、まさに「カフワ(欲を削ぐもの)」だ。満ち足りることで、落着にゆるりと浸ることができる。珈琲貿易さん側の圧倒的な「片貿易」に安住して、今日も白くなった珈琲を啜る。
(平成28年3月)